2011/06/09

10年前、車椅子に乗った男性とのご縁をいただきました。

その方が、音楽をされていたことを知らず、私は自分が歌っている事を伝えると、彼もドラムをされていた事を話してくださいました。

その方と出会って数年後に、ご紹介いただいた方は、今、とっても感謝しているレイニーウッドの上綱克彦氏です。

その方はいつも、私に、全国を目指すように言われていて、『君は、日本1にはなれないかもしれないけど、西日本1にはなれるから、まずは、西日本1を目指すこと』といわれていました。

私は、その頃から、自分が歌いたい歌。を持っていて、その歌を歌えるようになる事だけを目指していたので、“全国”なんて考えたこともなく、曖昧な感覚で聞いていました。



何の相談もせず、東京へ来ましたが、頑張って!!と言って下さいました。

最後に、お電話頂いたとき、新しいCDを発売する事を伝えると、とっても、とっても、喜んで下さいました。

その3日後、彼は、天国へゆかれました。

偶然ですが、『My prayer』の発売日は、その方のお誕生日。

このCDを持って、お見舞いに行くつもりでした。



車椅子を押して、よく、一緒にランチ行きました。

倉敷の川沿いを、お散歩しに行った事もありました。

“全国”は、ドラムを叩かれている最中に倒れ、ドラムが叩けなくなってしまった彼の、目指していたものだったのかもしれません・・・。


その方から、たくさんのご縁を頂きました。

彼との、色々な会話を思い出しながら・・・これからも私の歌の中で、生きつづけてほしいと願っています。




☆コメ☆